#694 50分の授業の意義とは何か。一つでもできるようになることである。

頭の中

もう一本書きます。

集団指導であっても個別指導であっても、私たち講師が常に意識していることは、
この授業で一つはできるようになってもらいたい」ということです。

例えば因数分解ができない、という場合を考えてみた時に、
「100問全部できるようにさせよう」というのと、
「代表的な10問はできるようにさせよう」というのと、どちらが生徒はできるようになっていくか。

それは後者の方だと思います
「代表的な」というのは、「この代表的な問題ができなければ、いつまでたっても100問できるようにはならない」という意味です。

いたずらに100問やらせて「できた!」というのは、それは基礎が十分に身についている生徒であるからでしょう。
しかし、100問できるようになることが目標になってしまい、そこから先へ進むことがなかなかできないんですよね。

それだったら、テキストの例題レベルは全部解けるようになったほうが、より応用力も効くんですよね。

基礎を大事にしろ、とつねづね言っているのは、「この授業で基本的な問題はすべて解けた」という自信につなげていきたいからなんです。
テスト前の対策冊子にしても、数学は膨大な問題の量です。
すぐに解ける問題もあれば、難易度の高い問題もあります。

すぐに解ける問題ならば、公式あてはめで何とかなるかもしれませんが、難易度の高い問題ならばじっくり考えることも必要になってきます。
そうしたことを授業の中で生徒に伝え、「この一問ができるようになってくれれば」と思って講師は指導にあたっています。

教え方は人それぞれです。
伝え方も人それぞれです。

しかし、大切な50分という時間をお互い共有しているのであれば、意味のある時間にしていきたいものです。
できないことを責めるのではなく、どうやったらできるようになるかを講師の経験から指導していく。

これこそが授業の大きな意義だと考えます。 

創心館住之江校
この記事を書いた人
藤井宏昌

宣言します。塾・予備校講師・私学教員の経験で蓄積してきたノウハウを、思う存分子供たちに伝えます。子供たちが「これが分かった」「点数が伸びた」という喜びを一緒に味わえるよう、全力で指導します。どこにも負けないプライドをもって、私も日々勉強します。
一緒に力をつけていきましょう。

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