#333 首里城全焼に思うこと

ある日の教務

こんにちは。藤井です。

毎日、何の話題をブログに書こうかあれこれ思案しているんですが、
住之江校のインスタグラムには写真が随時アップされています。

時々、私の姿も載ってたりして、最近ではハロウィーンのモンスターのお面をかぶった姿がアップされていました。

なかなか、自分で見てても怖かったです(笑)


そんなふうにブログで何を書こうか思案している時に、ショッキングなニュースが飛び込んできました。

沖縄県にある首里城の全焼のニュースです。

僕が沖縄に行ったのは学生時代。
「地理巡検」という授業の一環として、大学2年生の時に伊平屋島を訪れて調査をしました。
その時に、まだ復元工事中の首里城を見学しました。

首里城は写真でしか見たことがありませんでしたが、完成したらいつかは絶対見に行こうと決めていました。

しかし、仕事を始めるとなかなかそういうわけにもいきませんでした。
ちょうど、2000円札が発行された時、首里城がデザインされていましたが、いつかは行こう、いつかは行こうと思っていたところへ、このニュースが飛び込んできました。

沖縄の歴史は授業でよく話をするんですが、室町時代、沖縄本島は北山(ほくざん)・中山(ちゅうざん)・南山(なんざん)の三山(さんざん)に分かれて争いが起きていました。

グスク(城のこと)を拠点に豪族が争っていたんですが、その争いに決着をつけたのが尚巴志(しょう・はし)という人物でした。

彼は琉球王国を建国し、日本・中国・朝鮮半島、そして東南アジアを結ぶターミナルの役割をめざしていきました。「万国津梁之鐘(ばんこくしんりょうのかね)」にその意気込みが表れています。

琉球王国の首都は「首里」と呼ばれ、現在の県庁所在地である「那覇」は外港としての役割を果たしていきました。

その首里城は、資料も少ない中、30年以上かけて復元工事が行われてきましたので、
今回の焼失のショックは、沖縄県民の方だけでなく、多くの人にとっても大きいものです。

また、世界遺産ですので沖縄を訪れる外国人の方にとっても、ショックは大きいでしょう。

ノートルダム大聖堂も焼失したことは記憶に新しいだけに、
いかにして世界遺産を守るか、ということも今後の課題となるのではと思います。

いや、本当に言葉がありません。

創心館住之江校
この記事を書いた人
藤井宏昌

宣言します。塾・予備校講師・私学教員の経験で蓄積してきたノウハウを、思う存分子供たちに伝えます。子供たちが「これが分かった」「点数が伸びた」という喜びを一緒に味わえるよう、全力で指導します。どこにも負けないプライドをもって、私も日々勉強します。
一緒に力をつけていきましょう。

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