#305 社会科奮戦記(4回目)

ある日の教務

こんにちは。藤井です。

これがラストになるのかどうか分からない「社会科奮戦記」の4回目です。
お気楽にお読み下さい。

【フリーランスの講師として出発】
なんだかんだ言いながら修士論文を書き上げ、口頭試問も合格して大学院修了となった僕は、相変わらずアルバイトに精を出していました。
その時に、バイト先の直属の上司(前に出てきたお偉いさんとは違う人物)から声をかけられ、「僕の知り合いの先生が、予備校の中に中学部の塾を作る。社会科がどうしてもいなくて困っているので、一度訪ねてみたらどうかな」

実はその予備校というのは、僕が浪人時代にお世話になった予備校だったんです。
こんなことってあるんですね。

とりあえず、予備校に行くと、「おー、藤井君やないか!!!」とチューターの先生が出迎えてくれました。
「僕なんかでいいんですかね?」
「大丈夫大丈夫」
とそんなやりとりをして、模擬授業をすることになりました。

教育実習にも行って、家庭教師もやり、バイトで身につけた知識があるので僕は自信をもって模擬授業に挑みました。
「まあまあいいんじゃない?」という校長の言葉で採用が決まったんですが、僕は腑に落ちませんでした。

「何がいけなかったか、教えて下さい」

教育実習しか経験のない僕が、「まあまあいいんじゃない?」の言葉に甘えてしまって、何にも努力をしなくなるのが怖かったんですね。
「じゃ、あとで校長室に来てくれ」ということで、校長からいろいろとアドバイスを頂きました。

そのついでに内定を頂いたのが、週2回2時間で予備校部の日本史を担当してほしいというものでした。
予備校講師。
大学1年生の時から社会科全般の知識をバイトで身につけてきた僕にとっては、「挑戦の場」となったんですね。
もちろん、ベネッセのバイトも続けながらフリーランスとして予備校講師・塾講師の人生を歩むことになりました。

ところが。

4月から働き始めた僕にピンチ(いやチャンス)が訪れました。
6月ごろ、予備校部のチューターの先生から授業満足度に関するアンケート結果をもらい、愕然としました。
「授業がわかりにくい」「受験が不安」というのが多数を占め、チューターの先生からは「もう少し授業を工夫しないと…」というお叱りを受けたんです。

「何があかんかったんやろう」と自問自答する日々が続きました。
報酬を頂いている以上、特に予備校生は満足した授業を提供しなければならないし、かつ成績も上げなければならない。

「もうやめようか…」と思っていた時、ある先生が「飲みに行きましょう」と誘ってくれたんです。夜中の2時くらいまで飲んでいた記憶があるんですが、その先生から言われたことは、
「先生、自分を捨てましょう!カッコつけなくていいんですよ」
その言葉で目が覚めました。

今でも覚えています。

変によそよそしさがあったんだろうな。
いい授業をしようしようと型にはまりすぎてたんだな。
まだまだ予習不足やったんやな。

その先生の一言のおかげで、何時間も教材研究をし、ホワイトボードを買って、家でクマのぬいぐるみ相手に授業の練習をしたりして、自分を磨き上げる初年度でした。

授業満足度のアンケートも少しずつよくなり、講習の講座も持たせてもらえるようになりました。
その分、誰にも負けない教科指導力を身につけたいという気持ちにもさせてもらえました。

僕は年収には一切こだわらない人間なので、欲がないと不思議がられましたが、
「謙虚な姿勢で良い授業をしたい」
ただそれだけのために時間を割いて勉強したんですね。

こうした日々が5年。
この間にいろいろな塾や知り合いからも声をかけてもらいまして、
予備校2件、塾5件、家庭教師8件というスケジュールを送る日々が続きました。


【教員として】
一つの転機が訪れました。
予備校の校長を通して、岡山市内にある私立の中高一貫校から常勤講師としての打診がありました。
「やってみないか」と言われたのですが、
「考える時間を下さい」と答えました。
まだまだ勉強途中の僕に、学校現場での仕事が務まるだろうか、というのが理由でした。

中学部の塾でも社会科をやっていたので、中学生や高校生に授業をすることに抵抗感はなかったんですが、受験生でない学年を受け持ち、その上担任業務もしなければいけない。
そうした経験の全くない僕がやってよいものだろうか、という不安がありました。

とりあえず、話だけでも聞きに行こうということで、当時の副校長と面談することになりました。

非常に物腰の柔らかい、丁寧な言葉遣いをする先生でした。
「ウチは進学実績を上げたいが、どうも教科指導力に不安がある。多くの先生は公立を退職しているので、新しい風を吹き込んでほしい」

僕は少し考えて、「今から授業見学をさせて下さい」と申し出ました。
実際この目で授業の様子を確かめたかったんです。
副校長は「わかった」と言って、各クラスを案内してくれました。

いい意味で衝撃を受けました。
授業見学をした中に、岡山弁丸出しで日本史の授業をする先生がいたんです。
板書もものすごく分かりやすく、生徒は忙しそうに授業を受けていました。

「この授業はすごい。この先生と一緒に仕事をしたい。ノウハウを盗みたい」

横にいた副校長に、「どこまでできるかは分かりませんが、やらせて下さい」と言いました。
そして、その年の9月からその学校で勤務することになりました。

今までいろいろお世話になったベネッセ・予備校・塾・家庭教師先すべてに、メールを送ったり挨拶回りをしたりして、お礼をしました。
いろいろ理由も聞かれたんですが、「やりたいことが見つかった」と答えるにとどめました。

「進学校の教員として、積み上げてきたものはすべて伝えよう」

教師としての再出発です。

(続く)


創心館住之江校
この記事を書いた人
藤井宏昌

宣言します。塾・予備校講師・私学教員の経験で蓄積してきたノウハウを、思う存分子供たちに伝えます。子供たちが「これが分かった」「点数が伸びた」という喜びを一緒に味わえるよう、全力で指導します。どこにも負けないプライドをもって、私も日々勉強します。
一緒に力をつけていきましょう。

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