#302  社会科奮戦記(上)

ある日の教務

こんにちは。藤井です。

今日の話題は全く僕の経験なので、本当に気楽にお読み頂きたいと思います。

今、こうやって社会科を中心に英語、数学、国語の集団授業をさせて頂いています。
本当にありがたいことです。

ある生徒からこんな質問がありました。
「先生って、最初から社会科得意やったんですか?」

その答えは「No!」でした。
その生徒はびっくりした表情になったんですが、おそらく「え?何で?」という疑問が沸いていたと思います。

さすがに授業中になぜ社会科ができなかった人間が、社会科を伝えるようになったのかを話すと時間がありませんでしたので、書く機会をここで設けたいと思います。
題して「社会科奮戦記」。
長編になりますが、よろしくお願いします。

【小学校時代】
2歳からの祖母の鬼のような指導のおかげで、漢字はわりと出来てたんですが、5年生くらいまでは社会科の教科書を読むことに抵抗を覚えておりました。当時の教科書はイラストよりも文章の方が多かったように思います。
6年生になって歴史を学び始めてから、ほんのちょびっとだけ社会科に興味を持つようにはなったんですが、暗記はなかなかできず、テストでも満点には程遠かったように思います。

【中学校1・2年時代】
地理と歴史の教科書を渡されて完全に心折れました。
小学校の時よりも圧倒的なページ数と内容の濃さに驚き、これを覚えるのは無理やと思って最初から投げ捨てていました。バスケ少年でしたので、部活ばかりをやっていて勉強なんかそっちのけでした。成績は推して知るべしだと思います。

【中学校3年・受験生時代】
ここが一番きつかったですね。公民の教科書を渡されてさらに心が折れた上に、夏明けまで部活で忙しく、受験勉強を始めたのは11月くらいというお粗末さ。
家は経済的に苦しかったので公立高校しか選択肢はありませんでしたから、学校で補習的に対策授業をしてくれたのは有り難かったです。しかし、基礎的な知識がありませんし、塾や家庭教師に頼れなかったので、不安しかありませんでしたね。
それでも偏差値的に低い高校ではありましたが、何とか合格することができました。

【高校時代】
受験を終えてホッとしたのか、またもとのバスケ少年に戻ってしまいました。
教科書や参考書を渡されるたびに心が折れ、定期考査では赤点続出の再試の日々。
進級できるかどうかも怪しい崖っぷち状態でした。
高校3年生の進路面談では、進路指導担当でもあった担任から「お前にはいく大学はない。今後一切大学の名前を口にするな」と言われたぐらいですから。
まあ、ノー勉で受けた模試の成績表を目の前にされたら、「そりゃそうだよな」って思うようになります。
社会科は日本史と世界史をやってたんですが、日本史なんて高校1年生の1学期中間で「3点」でした。正直、どう勉強すればいいか分からない状態で、日本史担当の先生に聞いても、「教科書を気合い入れて、舐めるように読まないからじゃ」と突き返された記憶もあります。

ここまで読んできて頂ければお分かりのように、社会科の「し」の入り口にも立っていない状態で小中高を過ごしました。知識、ほぼほぼゼロの状態でした。

それがなぜ今の自分になっていったのか。

続きは明日に。

創心館住之江校
この記事を書いた人
藤井宏昌

宣言します。塾・予備校講師・私学教員の経験で蓄積してきたノウハウを、思う存分子供たちに伝えます。子供たちが「これが分かった」「点数が伸びた」という喜びを一緒に味わえるよう、全力で指導します。どこにも負けないプライドをもって、私も日々勉強します。
一緒に力をつけていきましょう。

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